有るか無いかと問われれば「有る」と答える。
自分の中にあるのは何となく嫌だとか不快だとかを通り越した、殺意にも似た感覚だ。
その場に居ること自体が耐え難いと言うべきだろうか。
ともかく、理性では抑えがたい、本能的に突き上げてくる感覚に近い。
自分が特に苦手なのは、ささやき声、鞄の中を掻き回す音、ビニール袋のガサガサ音。
鞄とビニールの音は、本当に理不尽だと自分でも分かってはいるのだけれど、とにかく耐え難いとしか言いようがない。
ただ、シチュエーションによってはあまり気にならない時もあるので、心理的な要因もあるような気がしないでもない。
ささやき声に関しても、ヒソヒソ話で自分のことを悪く言われているのではないかという不安感から来ている部分もあるのではないかと思う。
ただ、それにしてもあの一瞬で湧き上がる殺意は異常だという思いは拭えない。
以前からそういう感覚はあって、近年ミソフォニアということでそれが可視化されたことについては安堵する部分もあるのだけれど、あまりそれを公言する気にはならない。
繊細ヤクザという言葉まで飛び出すようになった現在では、あまりにもリスクが高すぎるのだ。
物を言えば唇寒し、である。
ただ、自分がそういう人間であるという感覚はずっと持ち続けている。