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訃報

この年の瀬に、身内で不幸があった。
継母の母、義理の祖母。
身内とは言っても、比較的遠い縁だ。

実母は私が中学の時に他界した。
以後、父は男手一つで育ててくれた。
そして私が大学に入学した頃、ようやくそういう気持ちになったのか、継母となる女性と出会い、再婚した。

そこでめでたしめでたしとなれば良かったのだが、世の例に漏れず、生憎そうはいかなかった。
継母は決して悪い女性ではなく、前向きで社交的な性格で、友人も多い。
しかしながら、自分に自信があるせいか、違うタイプの人間への理解は少々薄い。
思った事ははっきり言わないと気が済まない性格で、人に反論する時にはグサリとくる言葉を放ってくる。

以前にも書いたが、自分はソリタリーだと自覚している。
そしてこのタイプの人間の多くがそうであるように、内向的で非社交的だ。
つまりは、継母とは真逆のタイプの人間であるということである。
そこで、放っておいてもらえればまだ良かったのだけれど、彼女の目に自分は「人生の楽しみ方を知らない未熟な人間」に映ったらしく、色々とお小言を貰うことになった。
それが親切心から出たものだとはわかってはいたが、その度に自分が全否定されたようで、いっそう心を閉ざす原因となった。

決裂が決定的だったのは、結婚した後だ。
結婚後、いくつかの出来事を巡って、彼女の口から発せられた言葉を自分はどうしても許すことができなかった。
自分だけならいざ知らず、夫やその家族まで見下すような発言に、心底心が冷えた。
それ以来、少しは家族らしく振る舞おう、歩み寄ろうという気持ちが微塵も無くなった。

思春期の娘を(しかも相当面倒くさい性格の娘を)成人するまで育ててくれた父には感謝している。
だから、その父が選んだ女性を否定する気はなく、出来ることなら上手くやっていきたかった。
だが、自分の気持ちを殺してまで付き合うのは、もう無理だ。
その気持ちが限界に達した時に、父には正直に伝えた。
継母の性格に少々手を焼いていた、自分に似た性格の父は、電話口で泣いて詫びた。
父をそんな気持ちにさせてしまったのは正直心が痛かったが、後悔はしなかった。
そういう訳で、それ以降私は実家には帰っていない。
継母とは電話口で話すだけで、その時だけは極力普通に振る舞うようにしている。

そんな訳で継母とはほぼ没交渉なのだけれど、継母の母は穏やかな性格で、会う回数は少なかったが、自分や娘には優しくしてくれた。
今年の夏頃から調子を崩していたようだけれど、残念ながら年を越すことは出来なかったらしい。
義理ではあるけれども、祖母の死には素直に残念だと言うことができる。

…これは書くべきではないのかもしれないけれども、いつか将来、継母がそういう状況になった時、今と同じ気持ちを持つことができるだろうか?
今の自分にはイエスともノーとも言うことができない。

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