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管理部門の憂鬱

「意味のないクソ仕事」をする人ほど給料が高い…この大いなる矛盾

「クソ仕事」とは強烈な表現だけれど、言いたいことはよく分かる。
分かってしまう、と言ったほうがいいのかもしれない。
大きな組織で仕事をしている人は、大抵うなずいてしまうのではないか。

人が多くなればそれを管理する作業も増えるのは、ある意味仕方のない部分もあるとは思う。
が、最近はガバナンス強化の風潮や、リスクを恐れるあまり、過剰防衛に走りがちであるとも感じる。
結果として、有象無象のナントカ管理部門が誕生する。

かくいう自分もそのナントカ管理部門に属する一員だけれども、自分の仕事に誇りが持てるか?と聞かれると、正直イエスと答える自信がない。
誰かがやらなければいけない(と、社内では認識されている)から日々粛々と業務に取り組んではいるものの、これは誰かのためになる仕事なのだろうかという思いは常に頭の中から消えない。
何か問題が起こり、その対処のために新しい施策を考え、現場に負担を強いるのを承知で作業を依頼する。
現場からは承知しましたとの回答が帰ってくるものの、それがため息まじりの声だということは嫌というほどよく分かる。
そんなことが何度も続く度に、自分の仕事に対する熱意が薄まっていくのを感じる。

 多くの人が働くことに意義を見出せていない。バスの運転手や看護師、あるいは清掃係であれば、直接的に社会に貢献しています。ところがデスクワークの人に目を向けると、「自分の仕事は世の中にどう役立っているのかわからない」と密かに思っている、そう考えるようになりました。

まさにその通りの心境。
記事中の話はイギリスの例だけれど、おそらく先進国全体の病理なのだろうな、と。
自分の会社員生活はそろそろ折り返し地点に到達するあたりだけれど、あと半分以上、この気持を抱えて仕事をするのは正直つらい。
第二の人生も考えた上で、そろそろ身の振り方を決めておかないといけない。

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